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熊本地方裁判所 昭和46年(ヨ)174号 判決 1975年2月27日

申請人

佐々木俊雄

<ほか六六名>

右訴訟代理人弁護士

村上新一

<ほか二名>

被申請人

牛深市

右代表者市長

西村武典

右訴訟代理人弁護士

篠原一男

<ほか二名>

主文

1  被申請人は、別紙第一目録一ないし二三に記載の申請人らのために、別紙第二目録記載の土地に、現在計画中のし尿処理施設を建設してはならない。

2  右申請人らのその余の申請ならびに別紙第一目録二四ないし六七に記載の申請人らの申請は、いずれもこれを却下する。

3  申請費用は、別紙第一目録二四ないし六七に記載の申請人らと被申請人との間においては、被申請人に生じた申請費用の二分の一を同申請人らの負担とし、その余は各自の負担とするが、別紙第一目録ないし二三に記載の申請人らと被申請人との間においては、全部被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請人ら

1  被申請人は別紙第二目録記載の土地に、し尿処理施設を建設してはならない。

2  執行官は前項の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。

二  被申請人

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  申請人ら(申請の理由)

1  被申請人は、別紙第二目録記載の土地(以下、本件予定地という)に、し尿処理施設(以下、本件施設という)を建設することを計画し、昭和四六年五月一二日本件予定地の所有権を取得して、本件施設建設準備中のものである。

2  別紙第一目録一ないし二三に記載の申請人らは牛深市牛深町米渕部落(本件予定地までの距離約三〇〇メートル)同二四ないし四六に記載の申請人らは同町春這部落(右同約七〇〇メートル)、同四七ないし六七に記載の申請人らは同町小森部落(右同約一二〇〇メートル)の、いずれも海岸に、それぞれ土地、建物を所有もしくは占有して居住し、漁業もしくは水産加工業に従事している。

3  本件施設は、一日生し尿三〇キロリットルの処理能力を有し、これが正常に運転されれば生し尿のBOD(生物化学的酸素要求量)の九七%が処理されるけれども、残りの三%は無処理のまま海に放流されるばかりでなく、生し尿の過剰投入、活性汚泥の死等の異常な運転により、投入された生し尿が無処理のまま放流される蓋然性が高く、放流水は潮流にのつて米渕部落の入江(以下、米渕湾という)、春這部落の入江(以下、春這湾という)、小森部落の海岸(以下、小森海岸という)に流れ込み、右各湾および海岸一帯は放流水によつて汚染され、その結果、米渕湾、春這湾、小森海岸一帯における魚介類の忌避、藻場の枯渇、藍藻類の繁茂と有用藻類の生育阻害といつた漁業に対する重大な被害のほか、春這部落における水産加工業に対する被害が予想され、また、本件施設は三次処理施設を欠くため、右各湾一帯に赤潮、有毒プランクトンの発生も予想されるから、右各被害が一層助長される。さらに、申請人らは淡水不足から海水を米や野菜を洗う等の生活用水に使用しているところ、本件施設が建設されると、右のように汚染された海水を生活用水に使用せざるを得ず、また、本件施設から出される悪臭により頭痛、吐気、目まい、不眠等が生じ、健康への被害が予想される。以上の被害は一過性のものでなく永年継続されるため、生活自体の破壊を招き、右被害は金銭賠償をもつて償えないものであつて、申請人らが受忍すべき限度を超えるものであるから、申請人らは漁業権もしくは漁業権類似の権利、所有権もしくは占有権、人格権または環境権に基き、本件施設の建設の差止を求める。

4  本件施設は右のような公害を発生させ、一たび本件施設が建設されるときは、申請人らの受ける損害は計り知れないものがあるにもかかわらず、被申請人はこれを無視して建設しようとしているから、その建設を差止める必要性がある。

二  被申請人の答弁

1  申請の理由1の事実は認める。

2  申請の理由2の事実のうち、申請人らが各々その主張の部落の住民であることおよび別紙第一目録四、五、六、八、九、一二、一三、一五、一六、二〇、二一、二三、二五、二八、三六、三七、四三、四四、四五、四七、四八、五五、五六、五八、五九、六〇、六二および六四に記載の申請人らが漁業に従事していることは認めるが、その余の事実は争う。

3  申請の理由3の事実のうち、本件施設が一日生し尿三〇キロリットルの処理能力を有することは認めるが、その余の事実は争う。

4  申請の理由4の事実は争う。

5(一)  本件施設は酸化処理方式を採用した高級処理施設で、生し尿中のBODの九七%を除去し、残り三%のBODを三〇ppm以下にして海に放流する等万全の技術を駆使しており、生し尿の過剰投入、余剰汚泥の処理の問題に対処するため、予備貯留槽、余剰汚泥脱水乾燥設備を追加工事する予定であり、また、本件施設の管理に万全を期するため、管理人予定者を採用したので、申請人らの主張する三%を越えるBODの処理水が放流されることはない。

(二)  本件施設の放流口は、本件予定地より約二〇〇メートル西方の外海に面する米渕湾入口付近に設けるので、処理水は外海に放流されて希釈拡散されたうえ、海の自浄作用を受けるから海を汚染することはない。

(三)  本件予定地先海域には魚介類、海藻が豊富に存在するけれども、それは同所に限らず下須島全体のことであるほか、前記のように、放流水による海の汚染はないから、魚介類や海藻に悪影響を与えることはなく、仮に与えるとしても、それは局部的であつて、右程度の損害は申請人らが受忍すべき限度内である。のみならず、本件予定地付近の海域は貧栄養の状態であるので、処理水中のチッソ、アンモニア等は海産動植物の栄養源として有効であるともいえる。

(四)  前記のように、放流水による海の汚染はなく、また、臭気については、水洗式脱臭器で脱臭のうえ、高温熱分解によりほとんど完全に滅臭するので、申請人らに健康上の悪影響も与えることはない。

(五)  本件施設は、従前の牛深市のし尿の処理が生し尿の素掘り投棄という不完全な方法によつていたので、これを近代的設備に改めるため計画したもので、すでに久保田鉄工株式会社との請負契約も毎年度延長され、昭和四九年度予算一三四、〇七〇、〇〇〇円(うち国庫補助金四二、七九二、〇〇〇円)を市議会において可決しているのであつて、もし本件差止請求が認められれば、被申請人は多額の損害を受けることは必至である。

第三  疎明<略>

理由

一1  被申請人が、本件施設を建設すため、本件予定地の所有権を取得していること、申請人らが各々その主張の部落の住民であることおよび別紙第一目録四、五、六、八、九、一二、一三、一五、一六、二〇、二一、二三、二五、二八、三六、三七、四三、四四、四五、四七、四八、五五、五六、五八、五九、六〇、六二および六四に記載の申請人らが漁業に従事していることは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、本件予定地は下須島西海岸にある米淵岸(奥行約五〇〇メートル入口の巾約四〇〇メール)の入口から約二〇〇メートル東方の同湾北岸に位置し、本件予定地からさらに約三〇〇メートル東方の同湾の奥に米淵部落、同じく山を越して約七〇〇メートル北方の春這湾沿岸に春這部落、同じく約一二〇〇メートル南方の小森海岸沿岸に小森部落があつて、それぞれ申請人らが土地、建物を所有もしくは占有して居住していること、右1記載の申請人ら以外の申請人らも漁業に従事しており、また春這部落に居住する申請人のうち五名が水産加工業に従事していることが一応認められる。

二1  本件施設が一日生し尿三〇キロリットルの処理能力を有することは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、本件施設は、久保田鉄工株式会社が設計し、かつ製造予定のいわゆる酸化処理方式によるし尿処理施設で、バキューム車で搬入された生し尿を沈砂槽に投入して砂礫等を除去し、ついで前処理装置によつて夾雑物を除去したのち、第一曝気槽に送り、無希釈で約19.5日間空気を吹き込んで好気性菌の働きにより有機物を酸化分解し、この段階で生し尿のBOD一三、五〇〇ppmの九〇%を除去して一、三五〇ppmとし、脱水汚泥と分離液にわけたうえ、分離液を第二曝気槽に送り、海水で一六倍希釈(生し尿量の一五倍量の海水を加える)して約八時間曝気し、活性汚泥の働きにより残つた有機物をさらに酸化分解し、この段階で残つたBODの約七〇%を除去して25.3ppmとしたのち、塩素滅菌をし、最後に海水で約二倍希釈(生し尿量の一五倍量の海水を加える)して放流する予定になつていることが一応認められる。

三1  ところで、<証拠>によれば、従来各地に機能不良なし尿処理施設が建設され、現に運転されていること、現在でも廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則に定められたBODの基準(日間平均値三〇ppm以下)に合格しないものが多いこと、このため各地でし尿処理施設による被害が生じていることが一応認めれるところ、本件施設およびその立地条件の適否を判断するためには、まずこれらの施設のうち、本件施設と設計製造者および構造を同じくする施設の実状について検討することが適当であると思われる。

2  そこで、右の点について検討するに、<証拠>によれば、久保田鉄工株式社会は、これまで、海水希釈による酸化処理方式のし尿処理施設を、広島県、愛媛県および香川県に、少なくとも五か所建設しているが、これらの施設では、生し尿の恒常的過剰投入のため、必要な処理日数を経ずしてほとんど生し尿に近いまま放流されることがあること、余剰汚泥の脱水が非常に困難なためその処理に困り、時にはこつそり付近の海に投棄する場合もあること、日々変化するし尿の量に応じた活性汚泥、空気、希釈水の量の調節に苦慮し、それができない結果活性汚泥の死、過剰希釈等の弊害が生じることが多いこと、海水を希釈水に使うため、部品が早く腐触したり取水口にカキ等がつまつたりして故障しやすいこと、施設自体に放流水の検査体制が整つていないのみならず、一日数回検査すべきである(前述の施行規則では日間平均値三〇ppm以下となつている)のに、これが行われていないこと、もつとも、各施設は建設当時付近に住居はなく、また漁場もなかつたので、直接的被害はさほど大きくなかつたことが一応認められる。

また、<証拠>によれば、右五ケ所のし尿処理施設のうち三ケ所についての水質の検査結果の中には、例えば因島市し尿処理場の昭和四二年八月一〇日付および同四三年一月一七日付の検査結果のように第二曝気槽から出た段階のBODが65.5ppmおよび45.3ppm(同施設の同段階における設計値は22.6ppm)、放流水でそれぞれ29.6ppmおよび13.7ppmといつたものがあること、右のうち他のほとんどの検査結果は同じく第二曝気槽を出た段階で三〇ppm以下になつてはいるが、これらの施設は設計上二一倍希釈(第二曝気槽に生し尿量の一五倍量、放流直前に生し尿量の五倍量)になつているのに、生し尿の投入量が過少な場合等には、設計量を大巾に超えた希釈水を入れて運転される結果になつていることが一応認められる。

右認定の事実関係からすると、前者の各事例についてみればの第二曝気槽から出た段階でのBOD値が設計値を超えている点に問題があるばかりでなく、そもそも第二曝気槽から出た段階で三〇ppm以下になつていなければ、し尿が適切に処理されたとはいえず、その後の希釈はたんに水増しして薄めることになるに過ぎないというべきところ、第二曝気槽から出た段階のBOD値と放流水のそれとを比較してみると、設計では、放流直前に加えられる希釈水は前認定のように生し尿の五倍量にすぎないのに、これをはるかに超える希釈水が加えられてようやく放流水のBOD値が三〇ppm以下になつていることが容易に推測される。さらに、後者の各事例についてみれば、生し尿の過少投入等の場合には、たとえ第二曝気槽から出た段階でBOD値が三〇ppm以下になつていても、BODは、第二曝気槽で設計どおりの分解除去がなされず、主として薄められて三〇ppm以下になつた可能性が大きいと推測される。

以上の事実を総合すると、前記五ケ所の各施設では設計どおりの運転ができていない場合が多いと推測せざるを得ない。

四そこで、本件施設の適否につき検討するに、設計製造者、構造を同じくする前記各施設が右のとおりである以上、本件施設もとうてい設計どおりの運転がなされるものといい難いところ、<証拠>によれば、被申請人牛深市は、本訴訟中に、一五立方メートルの予備貯留槽、余剰汚泥脱水乾燥設備を追加工事することにし、また最近管理人予定者を採用したことが一応認められるけれども、し尿の過剰投入を防止するためには過剰な生し尿が搬入されても、管理人においてその投入を拒否できる体制を作ることが重要であつて、たんに一五立方メートルの予備貯留槽を一つ設置するだけで、これを防止するに十分とは考えられない(もし十分であれば、予備貯留槽を設置するには費用および場所をそれほど必要としないはずであるから、前述の五ケ所の処理場においても、これを設置して過剰投入を阻止しえたはずである)し、また前認定のとおり余剰汚泥の脱水は非常に困難であり、追加される設備で焼却可能な状態まで乾燥させるだけの技術的開発がなされているとの疎明もない。さらに、同種施設の実情等に鑑みて、採用された管理人予定者が非常にむずかしい運転管理をよくなしうるかどうかの疑問もまた払拭しえないのであつて、右追加工事等がなされればある程度は改善されるものの、なお設計どおりの運転は困難であると予想され、結局、本件施設が完成すると、生し尿に含まれるBODの三%のみならず、これを超える絶対量のBODのし尿処理水が放流される蓋然性が高いということができる。

五次に立地条件の適否について検討する。

1  <証拠>によれば、本件施設の放流口は、当初の計画(本件予定地)を約二〇〇メートル西方の米淵湾の入口北岸にあるビシヤコ瀬に変更し、同所まで放流管を延長させることにしていること、しかしながら、その設計製造者の決定、費用の見積り、議会の議決等はいまだない状態であり、また、付近の地形等に鑑み、右放流管を延長することは必ずしも容易でないことが一応認められ、もし当初の計画どおり放流口を本件予定地に設けた場合は、放流水は米淵湾に直接流れ込むことになるため、後記認定の被害が一層大きくなることが予想される。

2  次に、放流口の位置が変更後の計画どおり設けられることを前提として検討する。

(一)  <証拠>によれば、本件施設の放流水は生し尿量の三〇倍の希釈水を含め一日約九三〇立方メートルが予定されていること、放流口は一応外海に面しているとはいえ、沖合ではなく米淵湾の入口北岸付近であり、その付近の潮流は、下潮時に、米淵湾の北岸から東岸、南岸をまわつて小森海岸の方へ、速いときで毎時約五〇〇ないし七〇〇メートル流れ(但し、一部は小森海岸の方へ流れず、南岸から再び北岸の方に流れている)、上潮時には、反対に春這湾の方へ同程度の速度で流れるほか、満干潮時にはほとんど流れないこと、米淵湾はやゝ複雑な地形をした比較的小さな入江で、水の交換が十分でなく、加えて強い西風が吹くことが多いことが一応認められ、右事実から推せば、変更予定の放流口から本件施設の放流水が出された場合でも、放流水の量、本件予定地付近の地形、風向、潮流の状況等に照して、放流水はからなずしも外海に拡散されるとは限らず、常時米淵湾にも流れ込むばかりか、同湾および同湾付近海域に停滞する可能性があるといわざる得ず、前認定のような放流水がたんに一時的でなく永年にわたり間断なく放流される(さらに、施設の老朽化によりその機能が衰えることも考慮する必要がある)のであるから、米淵湾および同湾付近海域は次第に汚染される蓋然性が高いと認めるのが相当である。これに反する証人新田忠雄の米淵湾の水の交換に関する証言は実測に基づかず憶測の域を出ないものというべく、右に認定した本件予定地付近の地形、風向、潮流の状況等に照して措信し難い。

(二)  また、<証拠>によれば、米淵湾および同湾付近海域は魚介類が豊富に棲息するほか、ワカメ、ヒジキ、テングサ等の有用藻類の宝庫であつて米淵部落の申請人らはこれらを採つて生活していること、本件予定地に炭鉱があつた昭和三九年ころまでは、本件予定地付近の海域では魚介類、海藻がほとんど採れず、現在もその影響により海岸が黒くなつているけれども、廃鉱になつてから、漸く以前のように、魚介類、海藻も豊富に採れるようになつたこと、米淵湾付近に棲息するイセエビ、ウニ、アワビ、サザエ、イシダイ、カワハギ、イサキ、カサゴ等の高級魚介類は汚染に弱く、致死量に至らない軽度の汚染でも魚族はこれを嫌忌して右汚染海域へ入つて来なかつたり、入つて来てもすぐ逃げてしまい、早晩姿を消し、そのため米淵湾付近の高級魚介類の漁場としての価値がなくなること、ワカメ、ヒジキ、テングサ等の有用藻類や後述のホンダワラ等も軽度の汚染にも弱く、反対に放流水中にも生存する藍藻類は汚染に強いばかりか、右有用藻類等に付着してこれらを死滅させてしまう(しかも、藍藻類の中には人間の皮膚に炎症を起こさせる有毒なものもある)こと、なかんずく、米淵湾には魚類の産卵、発育場所として極めて重要な意味をもつ藻場が豊富に存在し(最も近いものは予定放流口から約二〇メートルの距離にある)、これらの藻場を形成しているホンダワラ等は、元来透明度の高い場所に生育し、汚染に極めて敏感で、前認定程度の放流水が放流されると藻場は次第に枯渇してしまい、その結果、そこから補給される魚族が絶滅するため、その影響は単に周辺の水域のみならず、相当広範囲に及ぶこと、その他、本件施設には赤潮発生の原因となるチッソやリンを除去する三次処理装置を欠くため、前認定の放流水が放流されると、放流口周辺には赤潮発生の可能性もないではないこと、米淵部落の申請人らは淡水不足のため、米や野菜を海水で洗うことが多く、また、海藻をとるめ海に裸で潜つたり、海水浴をすることから健康被害の可能性があることが一応認められ、結局、本件予定地からし尿処理水が放流されれば、米淵湾および同湾付近海域は漁場および生活の場としての価値を失う蓋然性が高いということができる。右認定に反する乙第一九号証の一(洞澤勇の鑑定書)および乙第二〇号証(本多淳裕の鑑定書)は、いずれも現地を十分調査することなく、かつ本件施設が設計どおり運転される(この点に疑問があることは前認定のとおりである)ことを前提にしたものであるのに対し、前記甲第五一号証(井上晃男の鑑定書)は現地で十分実測、見分し、かつ十分とはいえないまでも実験した結果に基いて作成されたものであつて、前記乙第一九号証の一および同第二〇号証に比して信用性が高いといわざるを得ないから、右乙第一九号証の一および同第二〇号証も前記認定を左右するに足りないというべきである。なお、本件放流水が栄養源として魚介類、藻類の増殖に役立つ旨の乙第一二、第一三号証、第六一号証は、いずれも本件予定地付近の海域のように清澄な海水に親和性を有する前記イセエビ、アワビ、イシダイ等の高級魚介類および前記ワカメ、ホンダワラ等の藻類に関するものではないから、前記認定の妨げにはならない。

六以上の認定事実に徴すると、放流口が本件予定地に設置される場合は勿論、これを延長してビシヤコ瀬に設置される場合においても、本件施設から出る放流水によつて米淵湾および同湾付近海域が汚染される結果、漁業その他生活上の被害を生じる蓋然性が高いと予測されるから、本件し尿処理場の設置は永年漁場および生活の場として米淵湾およびその付近海域とともに生きてきた別紙第一目録一ないし二三に記載の申請人らをして、その居住地、住居を生活の場として利用することを困難とさせるに等しく、このような場合には、たとえ本件予定地に建設されるものが本件施設のように公共性の高いものであつても、その建設を許容すべき特別の事情がない限り、受忍限度を越える違法なものとして建設差止が認められるべきであると解するのが相当である。

七そこで、被申請人側に右の特別事情があるかどうかについて検討する。

1  <証拠>によれば、被申請人牛深市においては、従前からし尿を素掘り投棄の方法で処理しており、過去においては稲作に対する補償をしたこと等があるけれども、現在は山間の土地を借りてそこへ投棄しているため、被害は生じていないこと、右方法は付近に井戸、川、家等がない土地を選び、適切な管理を行えば被害はそれほど生じないけれども、場所確保の困難なこと等から、いつまでも続けているわけにはいかないこと、そのため牛深市は昭和四六年し尿処理施設を建設することを計画し、同年五月久保田鉄工株式会社と八七、〇〇〇、〇〇〇円で請負い契約を締結したが、本件訴訟のため着工が遅れたまま、昭和四八年三月、予算一三四、〇七〇、〇〇〇円(うち国庫補助金四二、七九二、〇〇〇円)を市議会において可決していることが一応認められ、右事実によれば、現在行つている生し尿の素掘り投棄は市民生活に重大な支障を生じていないけれども、本件施設の建設が差止められた場合、被申請人は現在行つている生し尿の素掘り投棄を当分続けざるを得ないばかりか、前記契約が実行できないことにより相当程度の経済的損失を受けることが推測される。

2  しかしながら、右のような結果を招来したのは、被申請人側に次のような公害防止ないし回避の対策が真摯に行われなかつたためであると考えられる。すなわち、本件施設の目的は、牛深市民の生活環境の保全、公衆衛生の向上であるから、公共性を有するものであつて、その趣旨はもとより尊重されるべきであるけれども、本件のように、清澄な海に棲息する魚介類を対象とする漁業が現に行われ、かつ住民の健康に悪影響が予想される場所にし尿処理場を設置しようとする場合においては、被申請人において、設置予定の施設が真実海水汚濁の最低基準を守る性能を有するものであるかどうかを精査するほか、少なくとも、本件予定地付近海域の潮流の方向、速度を専門的に調査研究して、放流水の拡散、停滞の状況を的確に予測し、また同所に棲息する魚介類、藻類に対する放流水の影響について生態学的調査を行い、これらによつて本件施設が設置されたときに生ずるであろう被害の有無、程度を明らかにし、その結果により、現在の素掘り投棄の方法よりはたして公害の発生が低いといえるかどうかを厳密に検討し、そのうえで、本件予定地に本件施設を建設する以外適当な方法がないと判明した場合にはじめて、その調査結果に基づき具体的な被害者に対する補償問題等も含めて、住民を説得する等の措置をとるべきである。けだし、申請人らの生活およびその環境の保全、公衆衛生の向上を図ることも、また行政主体たる被申請人の義務であり、さらに、本件施設によつて利益を受けるのは申請人らを除く牛深市民、換言すれば、その行政主体である被申請人であるから、利益を受ける被申請人において前記調査等の措置をなすべきは事理の当然というべきだからである。しかるに、本件においては、被申請人が前記のような当然なすべき調査をしたうえで、その結果を踏まえて交渉をしたとの疎明はないのであつて、このような場合は被申請人に前認定の被害が生じたとしても、それは、いわば被申請人の行政の不手際により生じたと見るべきであり、そのしわよせを申請人らが受甘しなければならないいわれはないというべきである。

したがつて、以上諸般の事情に鑑みれば、被申請人には米淵部落の申請人らの犠牲において本件施設の建設を許容すべき特別な事情があるとはいえないというべきである。

3  してみれば、米淵部落の申請人らは、程度の差はあれ本件施設により漁業および健康上の被害を受け、居住地、住居を生活の場として利用することが困難となる蓋然性が高く、その被害は受忍すべき限度を超えるとともに、本件施設の建設計画が実施されようとしている以上、その差止を求める必要があるといわねばならない。

八次に、春這部落および小森部落の申請人らについて検討する。

春這部落、小森部落が本件予定地から、それぞれ七〇〇メートル、一二〇〇メートルの距離にある(右は直線距離であつて、海岸沿いの距離はなお長くなる)ことは前認定のとおりであり、本件施設からの放流水が潮流にのつて春這湾、小森海岸に流れて来たとしても、それぞれ到達するまでには相当希釈拡散されることが推測されるから、その汚染の程度は米淵湾に比して相当低いといわざるを得ず、また、本件施設から悪臭が生じたとしても、その影響を強く受けることはまずないと推測される。仮に、春這部落、小森部落の申請人らが本件施設によつて被害を受けたとしても、米淵部落の申請人らが受ける被害に比べてその内容および程度に相当の差異があると考えられるから、損害賠償の問題を生じることは格別、その被害は受忍限度を超えるとまでは認め難い。結局、右申請人らには、本件施設建設の差止を求める被保全権利の疎明がないことに帰する。

九以上の次第であつて、結局、別紙第一目録一ないし二三の申請人らについては、被申請人が現在計画中の本件施設の建設差止の申請部分につき、申請を一応理由あるものと認めて、これを認容するが、建設差止公示の申請部分については、被申請人が地方自治体であることからして、その必要性があるとは認められないから却下し、別紙第一目録二四ないし六七の申請人らについては、申請を理由なしとして却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(糟谷忠男 中野辰二 平弘行)

第一目録、第二目録<省略>

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